「メイド萌え」の成立
そのような背景の中から、メイドを好奇心の主題に据えた作品として、1996年にPC-98x1用のアダルトゲームとして発売された『殻の中の小鳥』およびその続編『雛鳥の囀』(メーカー:BLACK PACKAGE、のちSTUDiO B-ROOM )が登場したことにより、のちにメイド萌えと呼ばれることになる嗜好への流れが生み出された。当作は19世紀の英国を舞台に身請けしたメイドを調教して取引先の客人に宛がうという設定の育成ゲームである(ただし、時代・風俗考証については稚拙なものであった)。ヒロイン全員がメイドとして登場する最初の作品とされ、以後各社の「メイドもの」作品がこれに続く形で登場した。
アダルトゲームにおけるメイドブームの成立初期にメイドを扱ったゲームとしては、他にも1998年に発売された『MAID iN HEAVEN』(メーカー:ストーンヘッズ/PIL)などがあり、当作品の挿入歌であるコミックソング(電波ソングという説もある)、「メイドさんパラパラ」「メイドさんロックンロール」(歌:南ピル子)等の極端な歌詞によっても、のちのゲーム/アニメ/マンガなどのオタク的文脈における「メイド」の方向性が強調・確定されることとなった。
※『殻の中の〜』以前にも、単に端役としてメイドが登場する、ないしはヒロインがメイドという作品は、他のサブカルチャーと同様に複数存在している。例えば1993年に発売された『禁断の血族』(メーカー:シーズウェア)は屋敷で奉公する薄幸の少女との恋愛サスペンスで、ヒロインが薄幸なメイドである点も同様であるが、当作品によって業界やオタクたちがメイドブームというムーブメントを盛り上げる契機とまでは至らず、むしろ当作品の成立した1993年から『殻の〜』の 96年までの間にめぼしい「メイドもの」作品の登場が無かった点からも、のちのブームの隆盛に寄与したとする主張には無理があると言える。
ともあれ、このような流れが一般化してゆく過程において、オタク系サブカルチャーにおけるメイドブームは成人向けゲームにその端を発したものである事が存外に強く作用し、メイド萌えというジャンルには、その当初より安易なセックスアピールが暗黙的に付随するものとして、誤った知識や属性をセットとしてメジャー化させてしまう結果をもたらしてしまった点は否定できない(特に凌辱ものでは、メイドを「性奴隷(セックス・スレイヴ)」や「金持ちの私娼」の様な、誤った形で描く。前出の『殻の中の小鳥』や『MAID iN HEAVEN』も、これらに類する歪んだ視点で描かれている)。
このように、オタク的・サブカル的分野におけるメイドブームとは、その発端においては極端にデフォルメされた、確信犯的にギャグ要素・ネタ的要素の強いものであった。
その反動というわけでもないのであろうが、2002年に連載が開始され、2005年にはアニメ化された漫画『エマ』(作者:森薫)は、メイドブームの隆盛を受けて成立した作品といえるが、当作品はいわゆるオタク的文脈によって解釈される「(現代の)メイドもの」とは一線を画した時代考証(※)によって、ヴィクトリア朝末期の英国ロンドンを中心とした当時の風俗を精緻に描き、高い評価を得た。
このメイドブームの隆盛から「本来のメイドを描いた作品」が登場するまでの五年あまりという時間差は、メイドという記号を拝借し盛り上げた日本におけるサブカルチャーの中で都合よくデフォルメしたメイド像と、家庭内労働者・使用人としての本来のメイド像とのギャップに対する無関心を象徴する例の一つと言える。
すなわち、現在日本の各種メディアによって受け容れられているメイドとは、本来のメイドとはかけ離れ、コスチュームの一部のみを借用し全く異なる意味や属性を付与されて成立した「似て非なるもの」ということになる。
※ ヴィクトリア朝時代の風俗については、同時代ファン(日本の例に例えるならば”幕末マニア”などが近いと言えるだろうか)や、同時代を舞台とするサー・アーサー・コナン・ドイルによる推理小説『シャーロック・ホームズ』シリーズ(ただし、ホームズシリーズは同時代に書かれた作品であり、後世の考証によって成立した作品ではない点に注意を要する)などのファンが詳細な考証をまとめた資料が国内外を問わず多数出版されており、「エマ」における考証も森個人の手柄というよりはそれらの孫引きに過ぎないといった指摘も存在する。また実際に資料側の誤りを幾つかそのまま作品に登場させてしまっているとする個所も指摘されており、あくまで”オタク的サブカルチャーにおけるメイドもの漫画としては”一線を画した時代考証に留まる、という点は理解しておく必要があるだろう。
さらに、コスプレの一貫として当時すでにブームとして成立しつつあった「メイド服」を応用したデザインを制服の一部に取り入れた1997年の『Pia♥キャロットへようこそ!!2』(カクテル・ソフト/F&C)によって、のちのコスプレ喫茶の流行へと連なる作品が成立する。 この作品はメイドではなくウェイトレスを作品の主題としており、また正確には喫茶店ではなく架空のファミリーレストランを舞台としているが、メイド服を応用してデザインされた「メイドタイプ」を始め、流行のデザインを取り入れた数種類の制服をユーザーが選択できるシステムを採用しており、のちに営業を開始した初の(オタク向け)コスプレ喫茶は当作品をモチーフとして一定の成功を収めたことから、これに続く形でコスプレ喫茶の一形態としてメイド喫茶が登場し、以後定着することとなる。すなわち、現在のメイド喫茶のルーツとはアダルトゲームをモチーフとしたコスプレ喫茶の一形態だと言える。
また、1997年の『To Heart』(Leaf)に登場するアンドロイド(ガイノイド)「HMX-12“マルチ”」はメイドロボを自称し(但しマルチ自身が作品中でメイドとしての役割を果たすことはなく、「メイド服」を着用することもない。)、アダルトゲームにおいて後に続く各種の「メイドロボ」の元祖とする主張が多いが、この「マルチ」を元祖とする説には異論も多く、真相は不明瞭である。
これらの背景から、1990年代後半から急速に進んだ、東京・秋葉原、名古屋・大須、大阪・日本橋におけるアニメ関連商品や同人誌などを専門に扱う店舗(即ち、“オタク”を主たる客層とする店舗)の急速な増加といった動きを、成人向けゲームに端を発するメイドブームが誤った形でリード・後押ししてしまったと指摘する見方もある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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